北海道食べたいログ

北海道出身・在住の新米主婦の食べ歩き旅行ブログです。思い出したときに綴っているので、時系列はバラバラです。

【看護学生】基礎看護学*レポート*ヘンダーソン「看護の基本となるもの」*おすすめの参考書も紹介

 

 

こんにちは、びびです。

今回は、春から看護学生となった方へ向けて記事を書きたいと思います。

 

はじめに

おそらく、多くの看護学校でヘンダーソンの考えを基にした看護過程をつかっていると思います。

私の学校では、ヴァージニア・ヘンダーソン「看護の基本となるもの」を読んで、内容をレポートにまとめる課題がありました。

今読むとぐだぐだな内容ですが、入学してすぐの課題だったので、自分なりに一生懸命書いたんだろうなと思います。

この頃は、参考・引用をうまく使えてないでし、レポートの構成もでたらめですね。たしか評価かなり低かったと思います。

 

今この課題に取り組むとしたら、

1.はじめに

2.看護とは ・・・

みたいに、見出しをつけると思います。

 

最初から、完璧を求めて考えすぎちゃうと書けなくなってしまうので、まずは文章を書いてみるといいですよ。誰かのレポートをそのままコピペしたりしなければ、よっぽどひどい内容でない限り受かると思います。

評価をおそれずに、自分で書いてみることが大切です。

こんなレポートでも受かってるので安心して、自分の力で頑張ってください!!

参考までにどうぞ。

 

 

レポート

 ヘンダーソンは「看護の基本となるもの」のなかで、「看護独自の機能」、つまり看護とはなにかを明確に示した。彼女は人の「体力」「意志力」「知識」に着目し、看護を必要とする人はこれらが不足しているために適切な行動がとれないと分析し、「その足りない部分の担い手」になることが看護の機能であるとした。

看護師が行う基本的看護ケアとは、病人であれ健康人であれ、各人が、健康、あるいは健康の回復(あるいは平和的な死)に資するような行動をするのを援助すること。その人が必要なだけの体力と意志力と知識とをもっていれば、これらの行動は他者の援助を得なくても可能であろう。各人ができるだけ早く自立できるように助けることもまた看護の機能である。看護を最高級のサービスにしているのは、身体面のケア、心の支え、また再教育に対する各人の一時的な、および長期的な欲求を見積もらなければならないということである。そして、これらの活動は普遍的な人間の欲求に由来するものであり、自分が世話する人のそのときどきの状態によって変容する。

 そして、看護は人間の基本的欲求に根ざしており、対象が健康人であっても病人であっても、看護師は衣食住に対する人間の免れ得ない欲望を念頭におかなければならない。愛と称賛、社会生活における自己の有用性と相互依存性、に対する欲望も同じように無視できない。文化が異なれば人間の欲求も異なった形で現れ、また各人はそれぞれなりに欲求を表現する。これの欲求は、人間にとっての行動の基準あるいは指針である。人間には共通の欲求があると知ることは重要であるが、それらの欲求がふたつとして同じもののない無限に多様の生活様式によって満たされているということも知らねばならない。看護師にできるのはただ、看護師自身が考えている意味ではなく、看護を受けるその人にとっての意味における健康、その人にとっての意味における病気からの回復、その人にとっての意味における病気からの回復、その人にとっての意味におけるよき死、に資するようにその人が行動するのを助けることである。したがって、基本的看護は人間の欲求の分析から引き出されるサービスであるという観点にたてば、それは普遍的に同一である。

しかし、あらゆる人間が共通の欲求をもっているがゆえに、基本的看護は同一である。が、人間は同じ者はいず、各人はそれぞれ独自の様式をつくり出すようなやり方で自分の欲求を読み取るので、基本的看護は無限の変容形のあるサービスである。いいかえるならば、基本的看護は同じとみなすことのできる要素から成り立っているのであるが、その要素は各人の必要条件に応じて当然変容し、さまざまな方法で満たされるのである。

 看護師が満たそうとする基本的な欲求は、患者の診断名に関係なく存在するものの、診断名によって変容する。基本的看護は、それよりいっそう大きく、昏睡、意識混濁、うつ状態、脱水、ショック、失血、運動不能、著しい体液平衡障害、急性酸素欠乏などの症状や症候群による影響を受ける。特定の個人が必要とする看護は、その人の年齢、文化的背景、情緒のバランス、また身体的、知的な能力によって、とりわけ大きく左右される。看護師の援助を必要とする患者の欲求を判断するにあたり、看護師はこれらのすべてを考慮に入れなければならない。

 筆者は基本的看護の構成要素として、14の項目をあげている。

 一つ目は、「患者の呼吸を助ける」ことだ。この基本的欲求の充足した状態は、「正常に呼吸する」状態だ。看護師が呼吸のありようを正確に観察することは非常に重要である。正常な呼吸を促すことは看護師の責任であるとともに、患者やその家族にそのやり方を教えることも、状況によっては同様に、あるいはそれ以上に重要である。呼吸の停止状態を起こしやすい患者は、その原因、どうしたらそれを緩和できるか、またできることならどうすればそれを予防できるかを、学ぶべきである。また、医療従事者および患者、それに患者を訪ねて来る見舞客は、環境上の危険があるため、酸素その他のガスの取り扱いについて原則的なことを知っていてほしい。患者が専門家の観察下に置かれていない場合は、自らに処方された特定の方法を患者自身が理解していることがきわめて重要である。安楽のためのエアコンディショニングはアレルギーの治療における基本的要件となっている。看護師は環境の温度、相対湿度、不愉快な臭気を含め空気中の刺激性物質の存在に絶えず注意をはらうべきである。設備がない場合でも、自然換気と清掃により、たいていの場所で健康的な心地よい空気環境を提供することができる。

 二つ目は、「患者の飲食を助ける」ことだ。この基本的欲求の充足した状態は、「適切に飲食する」状態だ。四六時中患者と共にいて、患者の飲食を最もよく力づけることができるのは看護師である。患者の好みを知り、患者の不適切な食餌摂取を観察、報告する機会を誰よりももっているのは看護師である。看護師は身長、体重の標準について、必要栄養素量や食品の選択と調理について、助言できなければならない。保健教育は対象となる家族の文化的ならびに社会的背景を考慮に入れてはじめて成功すると一般に認められている。効果をあげるためには、看護師は食習慣、嗜好、タブーの類をよく知らねばならない。食事に関する心理について直観的ないし習得性の知識ももっていなければならず、食の発達上の重要性についても理解していなければならない。静脈内栄養注射および警官栄養法の改良は多くの生命を救ってきたが、この2つの方法はある程度の危険と苦痛とを伴う。しかし、そもそも食事には危険などまったくないばかりか、一般には楽しみのひとつである。

医師の食餌指示を有資格の病院栄養士や調理師に伝達するのはふつう看護師の責任である。看護師はほかのどの職種よりも患者のそばにいる時間が長いから、患者の食べ物や飲み物の好みをとらえ、また患者の健康的な食習慣を最大限に活用し、非健康的な習慣をやめさせるのに適切の立場にある。誰もが患者の食事の時を楽しいひとときにすることができると決めてかかってはならない。もうひとつ、患者に食べさせるにあたって覚えておくべきことは、患者が自分でできることは自分でやり、できるだけ早く自立を取り戻すようにしむけるということである。これを成し遂げるには、しかもそれでいて患者に自分が必要としている援助をこの人は喜んで提供してくれていると感じさせるには、創意工夫と患者への心からの関心が必要である。また患者のリハビリテーションを一貫したものにするためには、毎日、毎回、同じ人が食べさせるのが好ましい。

歩行および床上安静の危険の強調は、病人や障害者に対する食事のサービスのあり方を変えつつある。食堂まで歩ける患者、松葉杖や車椅子を使って、あるいはたとえストレッチャーに乗ってでも食堂に行ける患者は、一般的にはそうするほうが彼のためによい。こうした自由は、監禁されている感じや、健康人から隔離されているような感じをやわらげる一助となる。少なくともそこには変化があり、友をみつける機会がある。どのような方法で患者が食べているにせよ、看護師は彼の食欲および摂取の妥当性を常に見極めている責任がある。

 空腹になったら食べる自由を失った患者は、病気のあいだに欲求不満になることがある。看護師は、患者にとって有害ないし無用の苦痛である病院慣例のあれこれを破る手だてを見出すげきであり、また慣例を変えることができないときには、それらの悪影響がなるべく少なくてすむように努力すべきである。施設に栄養士がいる場合、看護師は患者が栄養上の必要を満たすのを助けるにあたり、彼女と密接に連絡をとりあって仕事することはいうまでもなく重要なことである。

 三つ目は、「患者の排泄を助ける」ことだ。この基本的欲求の充足した状態は「あらゆる排泄経路から排泄する」状態だ。看護師は排泄の機序、および排尿、排便の間隔の正常な範囲について知っていなければならない。発汗や蒸泄との関係における正常、肺からの排泄や月経についてもそれらの正常とはどのようなものであるかを知っていなければならない。基本的看護には、医師の指示により、診断の目的であらゆる体腔からの排泄物を採取すること、および検査室での分析に用いる標本を用意することが含まれる。排泄することは感情と切っても切れない関係にある。

 医療関係者は解剖的に性器が排泄器に隣接していることから社会的タブーの数々を考慮に入れる必要がある。看護師の観察が患者のケア行為を導き、また看護師の報告が医師その他の医療関係者に患者の排泄の正常、異常を知らせるようでありたい。排便、排尿の際のプライバシーと身体的安楽とはその人の年齢および習慣が求めるところに従って与えられるべきであろう。すべての生体排泄物に他者が接触しないように患者がふるまうのを助け、そのための設備や器具を整えるのも看護師の役割である。排泄物を即座に取り除き、器物を清潔にすることが第一に重要である。

 四つ目は、「歩行時および坐位、臥床に際して患者が望ましい姿勢を保持するよう助ける。また患者がひとつの体位からほかの体位へと身体を動かすのを助ける。」ことだ。この基本的欲求が充足した状態は、「身体の位置を動かし、またよい姿勢を保持する」状態だ。基本的看護のなかのボディメカニックスの重要性は、強調されつつある。基本的看護によって、患者がよい姿勢とはどのようなものであるかを理解できるようになったら、そのよい姿勢をとれるようなベッドや寝具、椅子原理に通じていなければならない。看護師は患者の体位を変える自分を助けてくれる誰かを教えることもできねばならず、最終的には患者がしかるべき時点で、神経運動系の自立を進めていけるよう援助できねばならない。患者がひとつの姿勢で長時間いすぎることのないよう見守るのは看護師の責任である。頻繁な体位変換と身体の清潔保持による寝たきり患者の褥瘡予防は、患者になされた看護ケアの質をはかる一般的な基準である。ボディメカニックスに関する問題は、理学療法士と共に仕事を進めることによって重荷が軽くなる。

 五つ目は、「患者の休息と睡眠を助ける」ことだ。この基本的欲求が充足した状態は「休息や睡眠をとる」状態だ。休息できない、眠れないということは、病気の随伴症状であるが、病気の原因のひとつでもある。ストレスあるいは緊張は正常な一状態であり、人間の創造的な活動には必ず伴うものであるということである。ストレスはどうにもコントロールできない場合、また休息や睡眠などの適当なリラクゼーションの期間をとってもほぐれない場合に、はじめて病理的な意味をもってくる。睡眠薬への過度の依存は、ストレスや緊張のコントロールができない多くの人々がそれを認めているということである。看護師には睡眠薬や麻酔の必要を減らすために自発的にできることがたくさんある。その日一日をいつになく愉快にすること何でもが、健康感を高めること何でもが、一日の終わりによき一日であったと思わせるようなこと何でもが、人の自然な眠りの可能性を高める。不快な物音、臭い、光景などを取り除くことも入眠を助ける。誰かが触れていてくれる、あるいはその人がそこにいてくれるのがわかる、これはめったにひとりの淋しさやホームシックを認めないおとなの患者をさえ安らかにさせる。見舞客が帰り患者がひとり物思いにふけるときに高まる緊張をほぐすには、就寝時の看護師の訪室と人間的なタッチが絶大な効果をあげる。

 

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 六つ目は、「患者が衣類を選択し、着たり脱いだりするのを助ける」ことだ。この基本的欲求が充足した状態は、「適切な衣類を選び、着脱する状態だ。基本的看護ケアには、利用できる衣類のなかから患者が適切なものを選ぶのを助けることが含まれる。患者が選ぶ衣類や装身具は個性を表現する。患者は眠るためにデザインされた衣類をまとって四六時中過ごす場合、その正常なサイクルがこわされる。患者が日常生活から脱退しないようにするため、どのような場合にも正常時の衣習慣の妨害を最小限にとどめるべきである。看護師は衣生活に関する患者の自由が不必要に侵害されないよう見守ることができる。病人や障害者に対しては、着たり脱いだりに際して彼らが必要とする体力を看護師が補わなければならない。着脱という日常行為に自立を取り戻すことを教えるのは、リハビリテーションの一部である。子どもの場合は社会的訓練の一部である。

 七つ目は、「患者が体温を正常範囲内に保つのを助ける」ことだ。この基本的欲求が充足した状態は、「衣類の調節と環境の調節により、体温を生理的範囲内に維持する」状態だ。体温はエアコンディショニングと着る物とにより正常範囲内に保たれている。基本的看護ケアのひとつとして、可能であれば、患者の体温を体温計で計った正常範囲内に保つことがあるが、患者の環境の条件を快適範囲に保つ努力もそこには含まれる。看護師は体温の生成と放熱について生理学的な原理を理解し、まわりの空気の温湿度や流れを変えることによって、また患者に活動を減らすあるいはふやす、食物の摂取の仕方を変える、着衣や寝具を加減する、などの助言をすることによって、そのいずれの過程をも促進できなければならない。加えて看護師は、場合に応じた沐浴、パックその他の温熱刺激貼用を、体温の上昇あるいは低下と関連づけて指示並びに実施できねばならない。

 看護師として、長時間外気にさらされる場合、太陽光線から目や皮膚を保護する方法、寒冷から身体末端部を保護する方法について心得ておくべきである。気質や体格は気候に左右されるという考え方は正しいと言えるであろう。病気およびそれらに感染することに対する恐怖感は、ある地理的条件の領域に住む人々の生活の質に直接影響する。公衆衛生の観点からすれば、害虫の駆除、水の汚染防止、食物汚染防止保険プログラムの最優先事項であろう。

 八つ目は、「患者が身体を清潔に保ち、身だしなみよく、また皮膚を保護するのを助ける」ことだ。この基本的欲求が充足した状態は、「身体を清潔に保ち、身だしなみを整え、皮膚を保護する」状態だ。人間の身だしなみは、その人の生きようが外に現れたひとつのしるしである。看護ケアのいろいろな側面が専門看護師の手から比較的あるいはまったく訓練を受けていない看護職員の手へとわたされつつある。これは身体の清潔と排泄の援助の面でとくに言えることである。患者は、皮膚、毛髪、爪、鼻、口腔および歯を清潔に保つための自分概念はいろいろであるが、患者が病気ゆえに自分の清潔の基準を引き下げるということはないようにしたい。

 看護師は誰でも、患者の身体の大きさ、体位、身体的・精神的状態のいかんにかかわらず、常に患者の身体を清潔にしておくことができねばならない。また、患者の意識の状態やベッド上でとらねばならない体位がどうであれ、患者が無力者の口腔と歯を清潔にする方法を知っていなければならない。十分な教育を受けた精神科関係の看護師は、身だしなみの心理学的重要性を高く評価し、基本的看護ケアの一側面としての身だしなみに関する自分の責任を知っている。

 九つ目は、「患者が環境の危険を避けるのを助ける。また感染や暴力など、特定の患者がもたらすかもしれない危険から他の者を守る」ことだ。この基本的欲求が充足した状態は、「環境のさまざまな危険因子を避け、また他者を傷害しないようにする」状態だ。健康であれば、各人は自由に自分の環境を調節し、何か危険があると思えばそれを変えて生活する。病気はその人からこの自由を奪う。無知もまた、健康な場合も不健康な場合も不必要な恐怖を人に負わせる。何が本当に危険なのかは看護師の知識が豊かであればあるほど、その危険を除去あるいは制御したり、それが不可能な場合は説明して安心させたりが首尾よくできるようである。

 適切な試験管理は環境の危険を大幅に少なくする。いつも患者と共にいるのは看護師であるから、医師は抑制などの保護的手段や自殺傾向のある患者の場合の常時つきそいを指示するにあたり、看護師の観察を大いに頼りとする。また、看護師は物理的傷害が起こるのを最小限におさえるような建物の構造、設備の購入、維持の方法を促進する立場にある。看護職員ではない人々を訓練してこれら消毒や滅菌の仕事をさせることができる、またそうするべきである、という考え方が出てきている。看護師は感染予防の原理および方法の両方に精通していなければならないため、実際的でもなければ理想的でもない。信頼できるサプライ業者から手に入れる使い捨ての滅菌物品は病院内で処理された物品よりも安全であると一般に考えられている。

 十つ目は、「患者が他者に意志を伝達し、自分の欲求や気持ちを表現するのを助ける」ことだ。この基本的欲求が充足した状態は「自分の感情、欲求、恐怖あるいは気分を表現して他者とコミュニケーションをもつ」状態だ。心の病は人間の身体に影響を与え、いわゆる身体の病は心に影響する。すなわち、感情と身体上の変化は結びついている。人間は皆、自分の考え、感情、願望を得心のゆくように身体上に表現することを求めており、またこの自己中心的あり方を越えて成長した範囲内で、この意味での他者の幸福をも求めている。看護師は母親的役割も担っている。必然的に誰かの解釈者であり、よい母親と同様に、患者にとって幸せな対人関係を助成するところまで、全人的福祉を促すのである。看護者にとってさらにむずかしい解釈者的役割は、患者が自分自身を理解するよう、また彼を病気にしている諸条件を改め、変えることのできない諸条件は受け入れるよう援助することである。この役割をよい母親とばかりではなく、他の保健医療従事者とも共有する。医師は患者の状態のアセスメントをするにあたり、看護師が患者のケアをしながら観察したこと,聞き出したこと、感じたこと、かぎつけたことを頼りにする。しかし、看護師が行うこの伝達は、患者の言うことの代弁でしかないので、医師は機会があれば直接患者と離しあい、患者が自分の言葉で言うのを聞きたいと思う。看護師が患者と医師の意思疎通を助けることは基本的看護の最も重要な局面の一つである。

 十一つ目は、「患者が自分の信仰を実践する。あるいは自分の善悪の考え方に従って行動するのを助ける」ことだ。この基本的欲求の充足した状態は、「自分の信仰に従って礼拝する」状態だ。民族、宗教、人種を越えて病気の人に尽くすことは、以前から、医療従事者の倫理綱領の一部である。看護師の倫理綱領のひとつは、患者が話したことすべてにつき厳しく秘密を守ること。患者記録は秘密文書であるので、医師と共有する情報は保護されている。どのような状況にあっても、患者の霊的な要求を尊重し、患者がそれを満たすのを助けるのは基本的看護ケアの一部である。保健機関や病院がすべての患者の宗教的欲求を満たすように機能するのは容易なことではない。看護職員は昼夜患者と共にあるのだから、患者が他者からのどんな援助を欲しているか、病院の日課との関係でどんな葛藤が生じているか、を見出す絶好の機会を手にしている。宗教に関する知識が幅広ければ広いほど、信仰の癒す力を強く信じていればいるほど、霊的に高度に成長していればいるほど、またあらゆる種類の信仰に対して寛容であればあるほど、患者に尽くすところは大となろう。

 十二つ目は、「患者の生産的な活動あるいは職業を助ける」ことだ。この基本的欲求が充足した状態は、「達成感をもたらすような仕事をする」状態だ。多くの人にとって満足とは自分が社会に認められていることであり、その社会が認めるということは、その人に生産性があるということである。患者が一日の過ごし方を計画するのを助ける看護師は、何か生産的な活動をしたくなるような条件をつくりだして、どんなことでもよいから自分が興味を覚える仕事をする気にさせることができる。基本的看護の他のすべての側面と同様に、ここでも患者の欲求を解釈して、判断することが重要である。看護師は患者の仕事への関心の徴候を見逃さないようにしなければならない。そして、もしも看護師が知識にたけ、経験もあり、技術も十分であれば、達成感を手にすることができるような何かを患者がする機会をつくり出すことができよう。

リハビリテーションの段階には、患者が再び職業に就くということがある。理学療法士、作業療法士、遊戯療法士のセラピスト、就職カウンセラー、その他リハビリテーションの専門家との協力が重要である。リハビリテーションは看護のあらゆる局面にかかわっており、病気にかかった時点でその全体プログラムが動き始めていなければならない。看護師はいかなるときも、患者が身体機能の独立性を保持および再獲得するのを助けることの重要性を見失ってはならない。

十三つ目は、「患者のレクリエーション活動を助ける」ことだ。この基本的欲求が充足した状態は、「遊び、あるいはさまざまな種類のレクリエーションに参加する」状態だ。レクリエーションあるいは遊びは、仕事と異なり、産物のためよりもむしろ楽しみのためになされる活動であるが、遊びが産物をうみ出すこともある。病気はその被害者から、変化や気分転換、慰安、レクリエーションなどの機会を剥奪する。基本的ケアの計画を立てるとき、看護師は「この患者のためには一日にどのくらいの時間をレクリエーションにあてたらよいか」、「どんなレクリエーションに関心があるか」、「ここにはどんなレクリエーション設備があるか」ということを自問してみるとよい。ある種の身体活動はほとんどいつも可能である。ただ歩くことさえ多くの患者にとっては楽しい。しかしそこに何か目的があれば、楽しみはもっと増す。看護師は患者の運動への動機づけの強化と設備の拡充に対する責任を自覚するべきだ。もしも看護師が適切に教育され、十分に機転がきき、想像力に富んでいれば、患者の家族や友人が患者のレクリエーションに関する欲求に応えるのを助ける機会がたびたびあるだろう。

 十四つ目は、「患者が学習するのを助ける」ことだ。この基本的欲求が充足した状態は、「正常な発達および健康を導くような学習をし、発見をし、あるいは好奇心を満足させる」状態だ。疫病あるいは障害は先天的な欠陥に起因することもあるが、多くが非健康的な生活によるものであり、そのような生活を経済その他の環境条件が各人に余儀なくさせている場合もある。最良の健康的生活法がどのようなものかを知っていても、それに従って暮らそうとする動機づけを欠いている。健康法というものは患者本人が計画に加わっていなければならない。つまり、患者がそれを受け入れ、それを望んでいなければならない。看護師は指導、訓練、または教育が基本的看護ケアの一部であることを了解するだろう。看護師が学習するのを助ける看護師の機能は、とくに健康の増進と疾病の回復に関してのそれは、患者に理性があれば医師が患者と共に作成した治療計画の補強と実施である。看護師は、患者が診断、予後、治療について聞いたときは答えを医師にゆずるべきで、この範囲については医師が主導する教育を、医師の意向にそって補強するにとどめる。一方、基本的な衛生ケアに関する質問に対しては、看護師は十分に、自由に、適切な能力をもって話し合いができるよう準備ができていなければならない。

 患者のセルフケアおよび最終的自立を助ける責任は、医療チーム全員が分担する。医療従事者は患者の本質的な理解力や能力をとらえそこなっていることが多い。医師が患者に教えていることに看護師が異議を抱かないかぎり、医師の指示を必要に応じて補足することは看護師の職分のうちである。健康指導における看護師の役割をわずかなスペースで正当に評価するのはむずかしい。教えることは看護師のすることすべてに本来含まれている。看護師は他の医療従事者の誰よりも、病気という患者の全体験を、より十全に生きることを学ぶ機会とすることができる。患者に対して何かを行うときは、これのやり方あるいはこれのこの部分をこの患者あるいは家族の誰かに教えたほうがよいのではないか、と自問すべきだ。看護師が銘記すべき変わらぬ目的は、「可能であれば患者の自立性を取り戻す」、「逃れることのできない制限内で患者ができるだけ有意義に生きるのを助ける」、「安らかに昇天したと言えるように、患者の避けられない死を受けとめる」ことだ。

最後に、この本を読んで看護の捉え方が変化した。それは、「何でもかんでも患者が求めていることに対して看護するということは間違っている」ということだ。看護は小さな親切、大きなお世話のようなものになってはいけない。人というものは自立して生きるものであり、その自立を奪ってしまうことは看護ではない。つまり、看護とは患者が日常生活を営む、医師の指示した治療法を実施する上で欠如している知識、意志、体力を補足することにより患者を助けることだ。患者個々の能力を十分に把握し、その人に合った援助をすることの重要性を再確認した。また、自分の看護観をもつことは大切なことであるが、自分の考えに囚われず、他人の看護観をみて、取り入れていくことも大切だと感じた。これから様々な人との出会いや学習を通して自分にとっての看護を見出していきたい。

 

ポイント

レポートの書き方のルールをしっかり守ること

看護学校のレポートで大事なのは、コピペはしない、自分の力で書くことです。自分は気づいていないけど、かなり文章に癖が出ます。他人のレポートをコピペすればすぐに気づかれますよ。

 

合格するために大事なのは、内容よりも、その学校のレポートの書き方のルールを守ることが大事です。

減点方式だったりするので、段落分け、誤字や脱字をしない、体裁を整える、字数や字体、所属や名前、引用・参考文献の記載、文章構成、一文が簡潔でわかりやすい、など、基本的な事柄が大事になってきます。

 

逆を言えば、いくら感動的な内容のレポートだったとしても、文章構成がぐちゃぐちゃだと点数は低くなります。

私は大学を受験する際に、小論文の書き方の本を購入して読み込んでいたので、そちらがかなり参考になりました。

 

▼私が所持しているのはこちらです。

 

▼こちらも参考になりそうですね。レポートの書き方のルール・流れがわかれば、レポートを書くスピードは格段に早くなります。一冊も持っていない方は、一冊でも購入して、文章構成を理解するだけでもかなりうまくなります。

 
 
 

 

看護理論のポイントを抑える

また、看護学校に入学してから、ナイチンゲールの看護覚書やヘンダーソン、ゴードン、ペプロウ、トラベルビーなど様々な看護理論に出会うと思います。

まだ看護について学んだばかりのまっさらな状態で、この本を読んでも、なかなかポイントをうまく掴めず、頭に入ってこないと思います。

私のレポートも抑えるべきポイントを抑えられていません。

このことは、看護理論としてヘンダーソンの思想を用いたKOMI理論の看護展開の演習が開始されてから、深く学び直しました。

そこでおすすめなのが、中範囲理論など看護理論をまとめている本を読んでから、原著本を読むことです。要約本だけではなく、原著は必ず読んでおいた方が良いと思います。

 

中範囲理論の本は、実習で患者をアセスメントする際に、その人にあった看護理論や看護の視点に気づくヒントになるので、おすすめです。

よかったら参考にしてみてください。

それでは

 

▼私が購入して使っていたのは、こちらです。

 

▼こちらの本もわかりやすかったです。

 

 

文献

ヴァージニア・ヘンダーソン(著) 湯槇ます・小玉香津子(訳) 「看護の基本となるもの」 日本看護協会出版会 2006

 

 

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さいごに

看護理論を理解するポイントは、看護とは、人間とは・・・などの定義をしっかり理解することです。

 

また、今回のレポートには関係ありませんが・・・

私は看護学生になってから、PMSが重くなり、生理リズムも乱れてしまいました。しかし、婦人科への受診の抵抗感があり、看護学生時代受診できずにいました。

 

実習中に突然生理がきて、白衣は血まみれ、座っていた椅子にまで血がついていたことがあります。今まで順調に生理がきて、生理になりそうなときは念のためナプキンをつけたりといった対策ができていましたが、看護学生になると睡眠不足やストレスで生理がいつ来るかわからない状態になり、つらかったです。

 

皆さんには、つらい気持ちを我慢せずに、自分のからだを大切にしてほしいと思います。実習中のいつ来るかわからない生理はかなりのストレスでした。その時、ピルを飲んでいれば大きく負担が軽減されたいたのにと感じました。

 

元看護師の視点でピルについて正しい知識を広めたいと思い、自身の体験談を詳しくまとめています。同じように悩んでいる方はぜひ参考にしてください。

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▼看護師・看護学生さん向けの記事です。

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